中軽井沢建築の旅。Ray Coffee Houseは食事が無いので夕食は少し上に歩いた「うしたに」に決めていた。営業日時はもちろん確かめて、OK。新緑が気持ちいい森をまっすぐ抜けて辿り着くとなんと「しばらく休業」。道すがら珍しい雉に出会ったことを慰めにあてはなく次ぎへ。近くにはほんとうは近寄りたくなかった星野リゾートしかないようなので、「村民食堂」は名前が小聡明い、「ハルニレテラス」はドリカムかとぼやきながら小洒落たテラスに連なる[cercle]に入ってみたら店売りのワインをcorkage \500でテーブルに上げられる納得のトラットリア。大満足して帰りの車中のワインも仕入れることに。一夜明けた翌日は大学で授業。ランチ定番の「柚子」が大将のワイン修行のための臨時休業なので乗換駅本八幡の「大黒屋」の永井荷風御用達カツ丼を久しぶりに楽しむことに決めていました。実は僅かながらの不安が頭の片隅を過ぎってはいたのですが、いそいそと回り道をしてみたら、なんと「しばらく休業」。ショックでした。ギヤはかつ丼に入っていて後には下がれません。当てがないのでうろたえていたところ京成大久保商店街で「山昭亭」発見。ラーメンとかつ丼を出すような店はそれなりというのが常識ですが、止むを得ません。ラーメンスープ味のカツを玉子でとじるのではなく半熟の目玉焼きのようなポーチドエッグがトッピングされています。定番の辛子は見当たりません。変化球だらけですがけっこういけるから不思議です。おそらく再訪するでしょう。定番や常識にとらわれずに心を広く開いてなんでもトライしてみましょうという学習になりました。けれども何日も前から食べるものまで決めて何度も何度も反芻(とは言わないか)するのもやはり楽しい。それはそれとして[doglog]に「しばらく休業」のお知らせを出す日ができるだけ先になりますように。
Dylanのノーベル文学賞受賞レクチュアが6月5日に公表された。10日が期限だそうだから学生の再提出ぎりぎりすべりこみみたいなものでかわいい。受賞のあと自身の歌と文学の関係について考えたとレクチュアの冒頭で語っているが本当にまじめに考え抜いてぎりぎりになったのかもしれない。外連味のない素直な文章で彼の歌について語っている。Dylanがリズミカルに読むテキストはもうそれ自体が作品だ。1964年にカーネギーホールでのコンサートで披露された7分余の朗読Last Thoughts on Woody Guthrieを思い出す。バックに流れる不思議なピアノは最初の日本公演の時に同行しているAlan Pasquaであることが直ぐネットで明らかになった。レクチュアの構成は型どおりでよくできている。Buddy Hollyとの出会いを引き合いに音楽との出会いを語ったあとで影響を受けた文学として「白鯨」「西部戦線異状なし」「オデュッセイア」を紹介。全4000語のうち2600語を3作の紹介に充てて量的にも大作に仕立て上げている。要領もいいな。人を惹きつける物語3本に再構成しているところはさすが名うてのストーリーテラーだ。しかもいくつかの部分は2人称で語られている。人称を使い分けてストーリーに厚みを持たせるのは彼の得意技だ。you tooを繰り返すくだりにメロディを乗せれば彼らしい歌になりそうだ。彼の歌作りの方法の核心に触れる文が散りばめられている。「誰も聴いたことがないような歌を書きたかった」「歌は感動を伝えるもので論理をつたえるものではない」「あらゆる種類の物事を歌にしてきたがひとつひとつの意味は気にしていない」。最後に歌と文学は違うものだと述べたあとの「オデュッセイア」からの引用「女神よ私に歌わせたまえ、そうして私に語らせたまえ」で私は考え込んでしまうけれど彼はどうだ恰好いいだろうと見栄をきっているのだろう。私はノーベル文学賞に相応しくないと受賞を拒否しこのパフォーマンスで応えていればそれはそれで絶賛だっただろう。受賞の知らせをすぐには受け取らず、授賞式には出ず、ストックホルムでのライブのついでにこそこそと泥棒猫のようにメダルを受け取り、賞金獲得期限ぎりぎりに破天荒かつ真摯なパフォーマンスを発表。万事がディラン流だ。お見事です。
このパフォーマンスはテキストを読むより耳で聴くのが何倍もいい。たいへんわかりやすい英語だが私にはこの字幕付きがうれしい。
VIDEO 6月13日に日本語訳も公開されているので興味ある方は
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ずっと気になっていた「千住博美術館」に出かけた脚で高校同期が第二の人生を送るRay Coffee Houseへ。大学で一緒に教えている渡辺康さん設計なのは奇遇とも言えるのだが、少し冷静に考えると、ここのところ数年の人の縁の要がほかならぬ彼なのだから、ここに導かれて来たのは必然であるのかもしれない。まっすぐな木のアプローチを設けることで路際の樹木群とカフェのあいだに森の陽が集まる場がつくられている。鳥の餌台と栗鼠の皿にはヒマワリの種や胡桃が置かれていて、一時間ちょっとのあいだだけでも3種の小鳥たちを目にすることができた。梁に使われていた古材のカウンターがその庭に向き合って配されアプローチ側の屋外まで伸びている。暫くすると2階の住まいで待機中だった柴犬の松吉が連れて来られて半屋外カウンターの向かいに設えられた彼の場に就いた。1歳8ヶ月、看板犬修行中だそうだ。光が美しい優しい空間でいただく自信に満ちたストレートコーヒーは文句なく旨い。目の前を行き交う鳥に気を取られて時の経つのを忘れる。客がほかにいなかったあいだコーヒーを淹れながら話をきかせてくれた。床は大工さんが骨をおってくれたタモの木煉瓦。白い吹き抜けに浮く木の枝でつくったモビールは10年前の渡辺一家がオープンのサプライズで贈ったものだそうだ。柔らかい影が壁を彩っていた。高校同期が設計者に完璧に満足していることがよく解かってこちらの気持ちまで優しくなる。いい時間だったなあ。
谷内田さんに誘われて日大居住空間コースで教え始めて13年目になる。昔話が最近は多いな。このコースは先生たちの懇親の場がいろいろとあってみんなが仲がいいのが特色だ。その輪の要と言っていいのが宮脇檀さんの研究所教授を引き継いだ創設時からのメンバーの中村好文さん。新著「集いの建築、円いの空間」は素敵なサイン入り。ありがとうございます。永く教えているうちに私もだんだんと馴染んできて、教える時の気持ちの懐がそれなりに深みを増したのか、今までよりずっと豊かな視点で課題作品と向き合えるようになってきている。教えながらこちらも育っているのだ。ありがたい。