琴平犬守

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居住空間コース渡辺研亀井研ゼミ旅行の金比羅山で求めたお守り。神頼みはしないのが原則なのだが、戌年だから、いいじゃないですか。15年目の居住、いろいろとお世話になっています。見回してみれば渡辺教授の縁、大きい。

犬輪

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居住空間コースのマスコット渡辺教授は「未来工房」でのモノづくりが好き。年末にはHeartlandの空壜を800℃で焼成したオブジェをいただいた。ガラスにエンボスされたラベルがセンターからズレているのも味わい深い。上に乗っている透明の犬指輪も彼の作品。ありがとう。居住の人の繋がりも大きいな。

新春麦酒

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キリンビールのHeartlandが1986年に誕生する時にWorkshopとしてパイロットショップの設計に携わった。社名を前面に出さずCMを打たないという戦略は画期的でそれだから「若手無名」建築家とした私たちが選ばれた。六本木の期間限定店舗は大成功をおさめ幸せなことにその後もマスコミに露出せずに僅かずつ売り上げを伸ばしながら30年以上を経た今もHeartlandはマーケットに在る。その時に生まれた人の繋がりは思った以上に大きいしマイビールは変わらずHeartlandだ。去年当たった特製グラスで新春に乾杯。開業時の手作りジョッキが懐かしいなあ。横にいるのは一昨年熊澤酒造で出会った犬。

初鶯

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iPhoneの計測ではあるのだが2017年は1日平均8.1km歩いた。休みに入ってからは母が体調を崩していることもあって家に籠りがちになっているので現場巡りの散歩に出た。学芸大学、中目黒、青葉台とすべてが通勤経路の東横線沿線である。歩き飽きたらどこからでも定期という気楽な気持ちだったのだが晴天静謐な街歩きは思った以上に面白くて結局往復歩き通した。経路には建築家の仕事がいっぱい。特に下馬界隈の密度はすごい。中目黒下馬間は暗渠が遊歩道になっていて快適。中目黒の現場に歩いて行くのもありだな。距離的には洗足池とほぼ同じだ。遊歩道でウグイスを撮ったと思ったがジョウビタキの雌のようだ。鳴き声は何度も聞いているが姿を見たのは初めて。新春早々大収穫。

船で巡る

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陣内さんの法政大学最終講義に先立つ対談シリーズで東京の川の話が出てきてネットで日本橋クルーズに出会った。日本橋から神田川を巡るコースが興味深いのだが、海の方へ回る「クリスマス・クルーズ」に先ずは参加してみた。船着き場は日本橋。浅はかな土木行政の証である高速道路の下から船が出るのは戒めのためによし。2020年着工で高速道路を川の下に埋める計画だそうだが、過ちを認めて元に戻す姿勢は評価できる。人口も減るのだし除去するだけが最善だと思う。除去に反対する声も少なくないようなのが恐ろしい。出航の5時にはもう完全に日が落ちていて橋と街の灯りだけがきらきらと美しい。屋根付きの予定だった船が都合で屋根無しになって、クルーズ会社は平謝りでチケット代も5/7に減額してくれたが、水の上の空間を満喫できて私たちにはこちらの方がよかった。陣内さんが嘆いていたとおり楽しそうな水辺空間は日本橋界隈を除くとほとんどないが、持ち込んだ赤を飲みながら川風に吹かれるのは楽しいものだ。10月6日の移転が決まった築地の海辺の灯もきれいだった。余談だが今年2日しか予約できなかったお気に入りの魚の店の予約の一つが10月16日でキャンセルが確実。ついていないこともある。facebookのMichio Kinoshitaアカウントに橋の写真を何枚かアップしています。

戊戌

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新年。つちのえいぬ、音読みはぼじゅつ。ほかならぬ戌年。私が犬好きになった理由を谷内田さんが暮れのsometimeで正確に語ってくれた。大学1年の時に始めた家庭教師先で出会ったアフガンハウンドのボンちゃんは教えているあいだ優雅に私たちの傍にいた。それが始まりだ。今年の年賀状を仕切ってくれたスタッフが校了直前に犬は入れなくていいのですかと気遣ってくれたが、必要な犬は手で描くことにした。戌年とは無関係だが仕事納めのあと少し時間ができてアレックス・カーの「犬と鬼」を読み終えた。去年小値賀を旅したきっかけをつくってくれた「里山と古民家を愛する親日家」がただ者でないことが分かった。痛切な日本社会批判である。「モニュメント派の建築家」もやり玉に挙げられている。官僚が諸悪の根源であることをはじめとして我が意を得たりの内容なのだが、日本の伝統のなかにある「トータルコントロール」精神が災いしているという指摘は新鮮。親日家が日本をどんどん離れて行っている現状も危惧されている。彼自身は祖谷を始まりにまだ豊岡に留まってくれているようだが、近年はバンコックも拠点としているようだ。17章にもわたってあらゆる分野の日本の問題を詳述してくれているが、諸悪の根源である官僚と抜き差しならない関係を堅持しているのが著者の出自の国家だというのは皮肉だ。原発は軽く触れられているだけで米軍基地の話は皆無で官僚制の屋台骨である日米合同委員会の影もないのはそういった背景によるものだろう。写真はゼミ旅行での香川漆器体験で造った漆の箸。面白い体験だったが犬を線で描いたのは失敗でずらっと並んだ25膳のなかでもひときわ精彩がない。犬は鬼と違って描きにくいのだ。戒めのためにも大切に使い続けて行く。今年こそは少しでも世の中もよくなりますように。

年の終わりに

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2017年の終わりに相応しい暗く重い写真は今年病没した田原桂一が80年に撮った田中泯。原美術館での展覧会は写真可だった。田中泯はワークショップとして90年前後に設計した飲食空間で何度か踊っている。宇田川町の[from DANCE]に使った農業用温室は彼の白州のかつての拠点に移築提供している。そうした縁もあって白州の拠点には何度も足を運び共に飲んだこともあるが例外なくおそろしく緊張感のある宴だったことを記憶している。高価すぎて年末の断捨離を免れたそのころ私がふとしたことから購入してしまった田原桂一の豪華世紀末本の中身は暗い。そんな二人のコントラストの強いモノクローム作品は見応えがあった。その中でこのボルドーで撮られた写真がひときわ印象的だったのは背景の空間のただならぬ雰囲気によるものだろう。調べてみるとナチスドイツが二次大戦時に造ったUボート繋留のためのコンクリート構造物。爆撃に耐えられるよう屋根スラブの厚さが何メートルもあるので戦後も解体できずに残っているのだそう。二人のために在るような特異な空間だ。チェルノブイリの棺と同じように人間スケールを逸脱している。ググっても住所は分からなかったが航空写真で川沿いの異様な大きさの構造物を見つけるのは簡単だった。ワイナリー視察で2009年にボルドーに行った時にジャン・ヌーベルのホテルには足を延ばしたがもっと近くにあったこれは存在すら知らなかった。無念。去年白州で撮られた数点がそのほかの80年前後の写真よりはるかに柔らかいのは二人の成熟に因るものだろう。ほっとする。観に行った前日に実は田中泯はこれらの写真の中で踊っているのだが私は[culvert terrace]の宴の方を選んだ。ついていないこともたまにはある。
2017年の最後の日。[doglog]の平均の一日クリック数は昨年比で漸増4500。みなさん、ありがとうございます。2018年も引き続き、よろしくお願いいたします。

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kinoshita
木下道郎 ・ 建築家
詳しくはworkshop-kino.com

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