私の思いが伝わったのか、みなさんのおかげで「おとうさん」が7頭も集まりました。ありがとう。

こんなにしっとりとした重みのある大都市だとは思っていませんでした。単なる認識不足ですね。高層ビルもネオンも電信柱もない落ち着いた街。あのワインもたくさんの魅力の一つに過ぎないのでしょう。

歴史ある街を走るトラムのデザインは最新です。レトロ・バスなんてのはどこにもありません。停車場のデザインもたいへん洗練されています。古き佳き街だからといって、懐古調が似合うとしか考えないのは、間違いですね。この短い車両を多数連結したイモムシのようなトラムが街中をくねくねと縦横に走り回っています。車中で「甲州きいろ香」の開発で名高い故富永博士の奥様に偶然お会いしました。奇遇です。

郊外のブドウに囲まれた村の民家のドア。地中海が遠くないという感じがしました。いい青です。

気象庁発表の気温以上に暑く感じられた月曜日の夕暮れ、駒込に出かけました。改札口から続く懐かしい映画のセットのような商店街。空の少し赤味がかった紫がほとんど無彩色に近づき、街の灯りがともり始めた、夜の始まりの頃のスナップです。脇道に少し入ったところに「与兵衛」。街の雰囲気そのままの年季の入った空間で食いしん坊の大先輩3人と共に78歳の大将の鮨の技を堪能しました。やっぱり日本はいいなと、珍しく食べ過ぎてしまいました。

お隣に可愛い仲間がやってきました。ハヤは本能のスイッチが入ってしまうので会うことができません。土曜日にハヤには内緒で会いに行きました。ものすごく小さくてそうとうにかわいい。私が手に持っているあいだは耳が寝ていましたが・・・。飼い主は私と同じ卯年の女の子。Lilyという名付けは悪くありませんね。ディランのBlood on the Tracksの中の語り歌Lily, Rosemary and the Jack of Heartsで展開される不思議な物語のなかでLilyはこんな風に描かれています。
Lily was a princess,
She was fair-skinned and precious as a child,
She did whatever she had to do,
She had that certain flash every time she smiled.
成長が楽しみです。

小屋裏に入ることができたのも収穫。
これが格天井の見上げ。

そしてこれがその真上の空間。たくさんの人が乗って歩いても平気。普段は目にすることのない大きさの梁が飛び交っています。

小屋裏に無限に続く木の構造体に圧倒されました。屋根の概念をはるかに超えています。平屋の空間の上にある見ることのできない、ヴォイドでしかない、巨大な空間。格天井までが下から8mで、その上は28mもあります。1604年の建立ですが1788、1823、58、64年の4回焼失していて、今回修復されている建物は1895年に再建されたもの。たかだか110年余の物理的歴史です。100年毎の修復、300年に一度は建て替える必要があるのだそうです。石造とは違って儚い。日本独特の建築文化なのでしょうね。最後の再建に際して琵琶湖の水を利用して蹴上から4.5kmの水道を敷設しているのにはおどろき。水源との50mの高低差を利用した消化設備です。

しかし、これはないだろう。東本願寺阿弥陀堂と山田守の京都タワーと原広司の京都駅。シュールというほかはありません。こういうコンテクストに紛れて京都駅ができてしまったと考えると、これがわれわれの文化と言えなくもないかもしれません。いや、違う。

今回も高校同期のI君のお誘い。こんなことでもないとこういうところは遠いものです。高校の頃とは違って予習なしでの参加。逞しくなったものです。公開直前の特別な少人数の見学会とあって好きなように空間を闊歩できたのはかけがえのない体験でした。宗教空間の舞台の上や裏まで覗いてしまいました。普段とは異なる視点が新鮮でした。これはその舞台から主空間を見返したところ。あまり慣れない煌びやかな世界に驚いてしまいます。床はベニヤで覆われていますがほんとうはピカピカの漆塗り。派手な空間だなぁ。

中央に鎮座している須彌壇には細かい装飾物が取り付けられています。今回の改修ではこれらの金属細工に一世紀の間に付着した汚れを梅酢を使用して除去したのだそうです。

たくさんある襖絵の一つ。一番美しいと思って撮りました。が、これは複製した印刷物だそうです。だけど、いいな。

普段は近くにに寄ることができない御厨子を下から見上げたところ。上の格天井までピカピカです。

京都に行くまでの時間、多賀界隈を少しだけ見て回りました。すぐ近くの調宮(ととのみや)神社から多賀大社へ。みごとな境内ですが近江鉄道の多賀大社駅からの参道は活気を失っています。駅には一両編成の西武電車がいてびっくり。1943年からずっと西武グループなのだそうです。近江と言えば近江商人。堤康次郎も伊藤忠兵衛もここの出身です。かつて人や物で賑わった中山道が街中に残り、蔵がそこここに残っています。日本は地方ならばどこに行ってもいいなあ。

お昼は多賀蕎麦
藤村。西に来てこんなにおいしい蕎麦がいただけるとは思っていませんでした。つゆは上質の甘口。地元の設計事務所による空間は三鷹あたりの蕎麦屋をかなり凌いでいます。偶然ご一緒させていただいたT夫妻の奥様の実家が[doghouse]の隣のブロックにあるという奇遇にはびっくり。

壊されそうになって有名になったヴォーリズ設計の豊郷小学校もここにあるのでした。細かいことはわかりませんが一見して立派な佇まい。残ってよかった。
