長崎も市場に行かない地魚が美味しいのだがこれを旨く握ってくれる鮨屋はそう多くはない。この写真の「志乃多」は屋台に屋根がかかったような気さくな店でウニとかイクラとかはなく地魚が幅を利かせている。たいへん狭いので連れだって行くのはどうかとかためらっているうちに閉店してしまったのだが、暫くして近くに弟子が店を開いたらしい。地魚を堪能させてくれた居酒屋「武蔵」が閉店してしまったから今度は必ず行こうと楽しみにしている。
ひょんなことから由比という漁村に出会って「銀太」の鮨が気に入って年に一度くらいは出かけるようになった。駿河湾で育って由比に上がった魚は美味しい。写真は左上から太刀魚ポン酢もみじおろし、真鯛塩ウロコ唐揚げ塩、ふぐポン酢もみじおろし、ヒラメ昆布〆、石鯛、ヒラメえんがわ、ほうぼう、桜えび。魚市場には出回らずに漁師仲間で食べてしまう珍味もつまみとして出てくる。はだかイワシや太刀魚の稚魚はここ以外ではお目にかかったことがない。
松本電鉄上高地線という名前だが経営会社は「アルピコ交通」で同社唯一の鉄道路線。同線松本駅のホームはJRラチ内なのでうっかりSuicaで入場したら車内も駅もまったくSuica非対応だった。停車してから運転士に相談するべきだったようだが東京暮らしの感覚では思いつかなかった。ローカル線は楽しい。終点の「しんしましま」(新島々)の響きは妙にかわいい。近くにあった島々集落に由来しているのだそう。
「まつもと市民・芸術館」(伊東豊雄2004)はよかった。エントランスから緩やかな大階段を経て「シアターパーク」と名付けられた2階へつながる「開いた部分」が効いている。緩やかな曲面で構成された外皮に不定形の丸い明り取りが無数にランダムに散りばめられているおかげで建物が都市に対して固くなっていない。魅力的な明かり取り群のおかげでフォトジェニックな写真が何枚も撮れたけれど敢えてここではそれらを封印して「開いた部分」の写真を選んだ。誰でも入れるところがこんなに広くのびやかなのがこの建築の一番の魅力だと思う。
松本に「ニッパー」がいた。蓄音機から流れる亡くなった主人の声に耳を傾ける忠犬がモチーフ。HMV=His Master’s Voiceの商標でもある。これは日本ビクターという関連電機会社がもう何十年も前に電気屋に配した販促置物で最近はほとんど見かけなくなった。[bigdog house]には1979年の竣工から十数年のあいだ何故か同じものがいたが、雨ざらしだったのでそのうちに朽ちてしまった。最近日経アーキテクチュアのwebにアップされた当時のワークショップの3人の写真よりもまだ少し前の懐かしい思い出。
諏訪から松本に移動して篠原一男の浮世絵博物館(1982)に足を伸ばしてみようということになった。松本電鉄上高地線の4番目の駅で降りて10分強歩くはずだったのだがなんと方向を180度間違えた。実はスマホを併用するようになってからこういう失態をしばしば繰り返している。猫とは違って方角に無頓着なのだ。15分近く歩いて間違いに気づくのだから典型的「犬知惠」だ。文句の一つも出ないのに甘えていてはいけないと、政治家のように口先だけでなく、反省している。珍しいダイサギに出会えたので自分自身の平静を保つことはできた。
松本は豊かな街だ。鳥の小さなフィギュアが目に留まって立ち寄った「栞日」は独立系出版物が主軸の本屋さんで、喫茶でもギャラリーでもある。入り口脇に鎮座している西ドイツ「ハイデルベルグ社」の活版印刷機にも鳥が留まっている。白いままのフィギュアもたくさんあってこれに着彩すればスズメ目Passeriformesの鳥ならなんだって作れるというわけだ。よくわからないが鳥の楽しさに満ち溢れた空間だ。