苔寺 栂尾 フェルメール

奈良京都の旅2011年8月¶真夏の京都の一日は苔寺から。般若心経の読経が想像以上に音楽的で新鮮。カッワーリと通じるところあり、と感じました。およそ45年振りの庭園を今度はゆっくり堪能。もう少し湿り気があればとは思いました。前夜の吉井歳晴さんの熱いレクチュアに登場した成り行きで次は栂尾高山寺。谷を渡る風が心地よかった。天に真っ直ぐ延びる木々の隙間をぬって降りてくる光の綾が美しい。汗を忘れました。「日常派」に敬意を払ってラーメンに挑戦するには暑すぎたので、昼は渓流縁でざるうどん。昨晩耳にした「33点のうちの3点のフェルメール」を渋い京都市立美術館にふと訪ねて旅の締めにしました。よかった。平日のおかげでチケットブースの列がほとんどなかったのはラッキー。私たちの前は清楚な白いスカートのお嬢様風高校生の母娘ペア。「学生証忘れちゃった」の声に、暑かったせいか思わず「僕も学生証忘れちゃった」と声が出てしまいました。くるっと振り向いて、にこっと微笑んでくれた笑顔が忘れられません。いいコだな、と四人が一致しました。言葉もおもしろいな。
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なり田

京都東山建築めぐりH。最後にM教授推薦の京の味。上賀茂の「なり田」のすぐき。「御すぐき處」と名乗るほどの専門店です。京の漬物の王様なのでしょう、M教授はどうしてもここに寄りたかったようです。こういうのに格別弱い私は、迷うことなく幾分小ぶりの同じものを買い求めました。夏前ならば「山椒の葉の佃煮」も絶品とのこと。覚えておかなくちゃ。向かいは伝統建築保存街区で、そこの陶器屋さんの門にかかる暖簾越しに撮った「なり田」。いい雰囲気でした。
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圓通寺

京都東山建築めぐりG。伊東忠太の濃密な世界をくぐり抜けた後は京都在住のM教授のご案内に身を任せることになりました。これが大正解。先ずは意表をつかれて三条のイノダでハムサンドと昔ながらのフレンチ?・コーヒー。そして大原でも東山でも嵐山でも東福寺でもなく岩倉の圓通寺へ。何十年ぶりかな。晴天に恵まれ正面にはくっきりと秋の比叡山、ちょうど見頃の紅葉が右手に黄色左手に紅の彩りを添え、借景で有名な庭園はまさに絵のよう。思わず見入ってしまいました。録音での解説を拝聴した後、裏で人の群れから離れて同行4人でお抹茶をいただき、M教授から菓子皿や瓦に刻まれた菊の紋が十六葉であることの意味を教わりました。皇室の祈願所なのですね。消火器が目障りだなどと軽口をたたいていると、ふと住職が現れて一同びっくり。含蓄のあるお話をひととき伺って名刺交換までさせていただきました。貴重な体験。京都の秋が美しいのは寺社がこころして紅葉を植えているからで、その中でも圓通寺の紅葉は他には東宮御所にしかない特別な種類なのだそうです。確かに右下の写真の外庭の紅葉は他になく鮮やかで、廊下側からの逆光での紅さは感動ものでした。最盛期のわりには人はさほど多くないし、紅葉は圓通寺ということで納得。
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圓通寺は右端中央。比叡山は右側ずっと先。こんなところにまで触手を伸ばしてきている開発の魔の手が恐ろしい。庭に比べるとグリーンは大きいんだなあ。
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courtesy of Google Map

西本願寺伝道院

京都東山建築めぐりF。二日目は東山から離れて伊東忠太の西本願寺伝道院の修復工事の見学。凝りに凝った折衷様式のコラージュ建築は私の建築観の対極に位置するものですが、忠太に心酔する設計担当の方の熱のこもった解説もあって、伊東忠太の情念のようなものの一端を覗くことができたのは収穫。部屋ごとに天井、腰壁、床などの造作・意匠がことごとく異なっているそうで、その理由がわからないので、ごくろうさまとしか言いようがありませんが、それらを読み取った手描き図面の山にはただただ敬服。採算という概念が存在しない浮世離れした建築現場なのだろうな。
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黒谷さん

京都東山建築めぐりE。洛陽荘の朝、食事前に軽く散歩。東の南禅寺方面ではなく北に向かいました。岡崎神社の脇の階段を上ると閑静な住宅街の裏手に「黒谷(くろだに)さん」と呼ばれる金戒光明寺の境内が広がっています。散歩はいつも犬と一緒なので一抹の淋しさを覚え、「貸し犬」でもと考えたりするのですが、フクがいないから淋しいのだと考えなおして歩いていると、「犬禁」の標識があって、きれいに気持ちが整理。朝7時、まだ明るくなりきらない冷っとした空気の中に朝の心構えか僧侶の唱和する声が流れていました。墓所が入り混じった起伏の多い壮大な境内は紅葉のまっさかり。散歩、ジョギングの近所の人に交じって、カメラを構えた観光客が早くも出動しています。手ぶれ補正なしの手持ち撮影にはまだ少し暗いので、シャッター・ポイントの選定が微妙です。紅い落ち葉の石畳を進みながら、落ち葉焚きの白い煙に惹きよせられたり、墓所の奥深くまで足を踏み入れてみたり、秋の黒谷さんを楽しみました。去年坪庭めぐりでなんとか辿り着いた西雲院はこの界隈。知らずにこんな名勝に迷い込んでいたのでした。今度はジョギングのおじさんに抜け道を教わって、登るのは遠慮したいほど坂道を抜けて白川通りへ。あっという間に一時間が過ぎてしまいました。
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洛陽荘

京都東山建築めぐりD。宿は「碧雲荘」にほど近い「洛陽荘」。大正期に建てられた山階子爵邸を今年亡くなった建築家渡辺明が数年前に増改築した旅館というよりは瀟洒な邸宅。庭はやはり「植治」。なんと通い慣れた「白河院」のすぐ裏でした。着物を優美に着こなした女将の京都弁の接客の技が秀逸。大書院での反省会も女将の技で会話が弾み、とても楽しくなりました。一番下が反省会の写真で、私の右側が11代小川治兵衛さん。たまたま隣だったのでいろいろなお話を聞くことができました。庭は成長を続けるので作品の「完成形」はないとのこと。建築も同じと私は考えています、と申し上げておきました。個人的には8代より7代の作風がお好きという答えにくいお答えもいただきました。最近作の「空(くう)の庭(だったかな?)」のことをうかがい惹きつけられましたが残念ながら非公開。紅葉のお勧めは「三千院」とのことでした。またまた貴重な時間。国産のワインをいただいていたのですが、素性について詳しいことは書けません (笑) 。
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photo by Tsunehiro Manabe

碧雲荘

京都東山建築めぐりB。「碧雲荘」 (野村徳七別邸)。大正から昭和初期にかけて東山界隈に数多く作られた壮大な庭園を持つ別荘の一つ。琵琶湖疏水の水を引き込んでつくられた池を回遊する庭園は8代小川治兵衛の作。年に一度近くの白河院に泊まった朝は、この界隈を犬を伴わずに散歩するのが習慣になっているのだけれども、花菖蒲の小堀沿いの勇壮な塀の向こうの世界に足を踏み入れるのは初めて。NHKの特集番組で観て出来上がっていたイメージをはるかに凌ぐ「別世界」でした。「不許酒肉五辛入門内」(酒、肉、葱、にら、にんにく、はじかみ、らっきょうを門内に持ち込むな)というよく寺社の門の前に見かける石碑が客用の「不老門」を入って少し進んだ脇に置かれていたり、源氏香の模様が壁や石橋に刻まれていたり、半夏生を丸く群生させて上から三枚の葉が白くなって満月になったり、どこからか運ばれてきた国宝級の酒舟石が置かれていたり、流れの中に置かれた蹲を使おうと身をかがめると視界から池が消えてしまったり、遊び心いっぱい。蹲の底は池とつながっていて水が絶えることがない、「能舞台」の床下には音響効果のために甕が埋め込まれるなど工夫もいっぱいです。池には白鳥のほかに「蘆葉」と名付けられた舟茶室が浮かび「羅月」という舟舎まで用意されています。非公開の空間に足を踏み入れることができただけでなく、11代小川治兵衛さんが同行してくだったので、ことのほか貴重な時間になりました。いろいろとお話をうかがって作庭によって生まれる「ほんものの自然」とのズレが庭園空間の質を決定しているらしいとうことが、少しだけわかりました。奥は深い。非公開の私的空間ですので写真は庭からの東山の眺めだけにします。写っているのは借景の塔です。 101202a.jpg
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courtesy of Google Map

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kinoshita
木下道郎 ・ 建築家
詳しくはworkshop-kino.com

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