DSC-HX30Vに搭載されている画像処理回路のおかげで、今までにない夜景色が記録されるようになりました。撮影者は構図だけ決めてシャッターを押すとかなり時間をかけて演算し仕上げてくれます。見慣れた写真とは趣が違って下手な絵画のようでもあります。儚い春の夜の朧を写し取ったことにしましょう。
いつもはブルーシートばかりが目立つ夜は寂しい新宿中央公園が、桜の満開と赤提灯のおかげで、楽しい街になっています。犬たちも待っているしここに寄ったことはありませんが、ただ歩き抜けるだけでも心持が違って、いつになくゆっくりと歩いています。
東京都目黒区八雲の住宅街の屋根の上に鷺を発見。Wikiでチェックしてみたら蒼鷺のようArdea cinerea jouyiコウノトリ目サギ科。河川、湖、池沼、湿原、干潟、水田などに生息するとあり、住宅街では珍しいのでは。迷子なのかもしれません。「鷺娘」は歌舞伎、「鷺とり」は落語だそう。そう言えば「鷺捕りのおじさん」は「銀河鉄道の夜」の猫おじさん。捕まらないようにね。fb:Michio Kinoshitaに遠景をアップしています。
国立の桜も満開。外観はどうにもならないJR国立駅ですが、下りホームからの望遠景だけは、よし。鳥も桜が好きな様子。花のあたりを啄んでいました。現場の行き帰りにふとこんな写真が撮れるのはDSC-HX30Vのおかげ。楽しんでいます。
久しぶりに後味の悪いサッカーだったけれど、家族4人揃って観戦できたのはよかった。もっとも1点目を取られる前もずっと試合には集中できず雑談の花ざかりの中で気がついたら失点。正直なものです。マルは眠くなって先にクレートに入りましたが、サッカーごっこは大好き。パピヨンの方はこの大きさになると銜えられないので独壇場です。捕まえに走るときに怖ろしい唸り声を上げ、獲物の息の根を止めるかのように銜えたまま振り回します。ハンドではないから反則ではなかったりして。つい忘れてしまいますがメスだから「なでしこ」の方ですね。
去年の3月8日に[doglog]に載せた
雪害から立ち直った水仙。今年もまた雪が落下したうえに、穴掘りマルに荒らされるなどして、もうダメかと思っていたら、少し離れたところに一輪。まだ寒さも残る庭に黄一点が効いています。
あっという間に桜満開。[doghouse]の通りの古木、みごとです。犬たちはこういうものにはまったく興味がないようです。休日の朝の散歩は花に誘われるまま。彼らは少しとまどっているかな。
久しぶりのマル。相変わらず元気です。寝ている写真が多いのは、動いていると写真に写りにくいから。kooikerhondje (コイケルホンディエ)、もともとのオランダ語でこう綴られるようで、Wikiによれば英語もフランス語も同じ。イタリア語の項目はまだありません。
スリランカへの旅から使い始めたDSC-HX30V。広角から光学20倍望遠までカバーする高性能コンパクトデジカメの威力は抜群で、同行3人のうち2人とスライド会参加者の1人が同じカメラに買い替え、
居住空間デザインコース謝恩会に4台が勢ぞろいしました。うれしい。画像処理能力は高すぎるくらいで、暗くても酔っていてもなんでもそこそこに写ってしまうので、私の撮影の腕はおそらく落ちてきていると思います。昨日のヴェネツィアの写真はNikomatに200mmレンズを着けて撮ったエクタクローム。28mmと50mmと計3本のレンズを持ち歩いていたのですから、今とは大違いです。高価なエクタクロームを無駄に使うわけにはいかないので、今とは違って被写体の選定と構図には神経を使いました。そんな状況にもかかわらず猫、犬、食べ物、街のスナップなどを少なからず撮っているのが私の個性なのでしょう。街を見る視点は昔から変わっていないということです。写真は灯りのコロネードがライトの照明へと繋がる謝恩会場セッティング。楽しい巣立ちの宴でした。
「ヴェネツィアに学ぶ都市の思想と文化の仕掛け」。私としてはビエンナーレという「仕掛け」よりもヴェネツィアという都市そのものの方に関心があります。サンマルコ広場のフォロ・ロマーノの残滓、ナポレオンの遺したジャルディーニ、イスラムなど東方文化の跡など古今東西の文化が織りなす建築の複合体は刺激的です。ヴェネツィアでは居住者が減少傾向にあるとのヴェネツィア建築大学学長レストゥッチさんの話。都市の魅力は豊かに暮らす人々あってこその話ですから、由々しき問題だと思いました。ということは、1985年に訪ねた時にはどこの街よりも多くいた猫が、今は減っているはず。要は器か中味かではなく「器と中味を合わせた都市」。写真はその時のサン・ジョルジョ・マッジョーレ。ヴェネツィアだけでなくすべての都市がcitta unica(他にない街)だといいな。
突然の陽気もあって新宿中央公園の桜が開花。カメラを手に花を愛でる人々の賑わいは、ブルーシートの住まいの撤去を余儀なくされた人々には、ちょっとうるさいかも。
日曜日も仕事をしているご褒美に昼は鞍馬。この季節だけの柚子入りとろろ蕎麦をいただきました。さすがにいい蕎麦です。満足。
新しい東横線。車内の撮影スポットは撮鉄に占拠されているので、代官山駅で途中下車してみました。切り替えの時の固定部分と可動部分の境い目が見えています。下の写真では左右に残されている鉄骨の跡から切替え直前の線路の高さが確認できます。ただそれだけの写真です。渋谷駅での深い回りくどい乗り換えも慣れてしまえば、新宿三丁目へ迂回するよりは早いので、結局少し不便になったということで落ち着きそうです。
Iva Bittováの新作が届きました。ECMに関してはアメリカ盤を売ろうとするAmazonよりドイツ盤扱いのHMVの方が早く安い。肉声とヴァイオリンによる身体表現は本質的に変わっていないところに敬服。ECMレーベルだからという配慮はまったくなかったように思います。従って仕事中のBGMには不適。[doghouse]でJBLを鳴らして聴くことにします。
豆苗がすくすく伸びています。どんどん食べないと絵になりません。猫は興味ないようですが、犬はなんでも食べるから、好きかもしれません。
ずーっと昔のワークショップ時代からの縁の大隅秀雄さんのKEHAI展へ。昔から変わらぬ風に揺らぐメタルワークの作品が少し丸みのようなものを帯びていました。写真がギャラリーの壁に映った影。本体の写真はfbにアップしようかな。作品は
kanhikari ART EXPOで京都・泉湧寺、鎌倉・建長寺を巡回するのだそうです。
横浜に用事ができたついでに
原鉄道模型博物館へ。期待以上に素晴らしいところで、まずはHOゲージよりも大きい軌道幅45mmの1番ゲージのジオラマにノックアウト。スケールの壮大さもさることながら、鉄製の線路を使い、電気を架線で供給し、惰性走行が可能なギアを採用するなど徹底した本物志向に感動。道楽もここまで情熱的に打ち込めば見事。時間の経つのを忘れてジオラマや展示説明に見入ってしまいました。撮影禁止でなかったら一日中シャッターを押していることになったでしょう。かなりハイレベルの写真が
同館のサイト内に多数アップされていますので、興味のある方はジオラマの雰囲気を味わってみてください。期間時間限定で写真撮影も可能なようです。渋谷から横浜へは当然16日から路線が変わる東横線で。最後尾に乗って切替え部分を観察しました。代官山駅構内のいかにも仮設風のところで線路を上下に移動させて既に準備されている新路線へと接続する計画のようです。細かいことは想像もできませんが、ただ事でない難工事であることは分かりました。通勤幹線の路線切り替えを運休ほとんど無しで完遂できるのは我が国ならではのことのように思います。16日が楽しみです。
過日の国立の上棟式。終わったのが5時少し前だったのでふと思い立って9年ぶりの「うなちゃん」に行ってみました。鰻がカブト、エリ、ヒレ、キモなどと焼き鳥式に串で出てくるのですが、捌きたてにこだわっているので、売り切れ仕舞い。開店直後の5時7分には着いたので、やったと暖簾をあげてみたら、なんと満席。涎の行き場を失ってしまいました。先週夕方に国立での急な打ち合わせがあって6時過ぎですが、もしやと寄ってみましたが、やはり満席。気を取り直すために昔の記録を検索してみました。1983年5月21日の「うなちゃん」での飲食がB6の京大式カードに細いボールペンで描かれたものを発見。その日は5時20分に行って15分待ったとのこと。鰻40匹からつくられる10本のキモ串は開店の5時で売り切れていました。30年前から変わらない繁盛ぶりなのですね。ビール大壜が\450(キリンとサッポロ混在)。しかし、このようなことを記録していたとは、我ながら驚きです。今はエクセルで同行者名、費用などを記録している程度。2004年4月に2回行っていることは直ぐにわかります。
朝の通勤散歩。新宿中央公園が終わるあたりの坂道のあたりにはその昔十二社の滝があったそう。その左側に熊野神社。この季節、境内の紅梅白梅に目がとまります。
クッションに身を沈めておやすみモードのマル。この日の昼間に秋川渓谷に連れて行ってもらって河原でフリスビーで遊んできたとのこと。遊び疲れて夢でも見ているのかな。たいした深さではないでしょうが、川底に沈んだフリスビーも回収できたようです。下の写真はその渓谷で拾った鳥の巣。いいなあ、私も行きたかったなあ。
事務所が西新宿二軒家に移ってから10年になるのですが歩いて5分界隈に未踏のエリアがあることに気付きました。方南通りの南側で十二社通りの西側。住宅ばかりと思っていた界隈に食べ物屋があったのです。新しいランチスポット開拓の帰りに出会ったのがこのなんとも不思議な建設用の足場で囲われた家屋。目を引くことだけは確かですが意図がよくわからない不思議な建物です。
オーブンレンジと食洗機があって床暖もあるからおそらく居心地がいいのでしょう。ここいらはこの2頭のお気に入り。くるっとまるまった様子は島のように見えなくもありません。島の周りにそれぞれのテリトリーという意味での島もあるのでしょう。平和を保つための距離はきちんと計られているようです。
光が丘に設計中の小さな集合住宅。3階建てでフラット3戸。敷地に年1000個はなるという大きな夏蜜柑の木があります。その夏蜜柑の木から摘まれた夏蜜柑のこども。かわいいですね。
国立で進行中の現場の階段に、足場板の孔を抜けた明りが面白い模様を作り出していました。この日はちょうど一橋大学の入試で改札を出たところから、クラブ勧誘・アパート斡旋の不動産屋・予備校などたくさんの人々が群がっていて、私にまでKitKat入りのちらしの袋が配られました。大学受験の朝の言い知れない緊張感は今でもからだのどこかが記憶しています。なぜかこの写真の儚く柔らかな光と影は、あの頃よく聴いていたPatternsという曲を思い起こさせます。Paul Simon1966年の作品で、夕暮れの街灯が部屋の壁につくる影から語り始め、patternsという言葉を鍵に人生の繰り返しのせつなさを綴っていく佳作。黒いビニールに刻まれていた次の曲はCloudy。何度も聴いたなあ。ちなみにPatternsが録音された1966年夏、Bob DylanはBlonde On Blonde発表直後で7月にバイク事故を起こし暫く隠遁。両者ともプロデューサーはTom WilsonからBob Johnstonに変わったばかりでした。
強い春の風が吹いて、やっと冬にお別れ。母と食べる魚を買いに街に出たら、お店はすっかり雛祭りモード。桃の小枝、道明寺、そして地蛤にまで手が出てしまいました。千葉産の倍はする三重産とは言え、我が家では禁制品ですが、60を過ぎた二人の食膳にのぼるのはよしかな。悲しい世の中になったものですが、楽しく飲みました。写真は近所の紅梅。特に朝の陽に映えています。
ひまつぶし。お隣の斎藤輝彦さんの仕事仲間の縁で
斎藤ネコのライブに2012年に出かけた時にはまったく気がつかなかったのですが、彼の演奏をなんと1986年に聴いていました。斎藤ネコは当時Killing Timeというバンドのメンバーとして 私たちのワークショップが設計した[heartland]で演奏していたのです。1986年から3年間六本木で時限開業した[heartland] は新商品ハートランド・ビールの単なるパイロット・ショップではなく、合わせて音楽やアートなどの情報を発信しました。HEARTLAND DISK DISPATCHというレーベルがつくられKilling Timeの3曲入りカセットが発表されました。[doghouse library]を探してみたらちゃんとありました。懐かしいなあ。でも再生装置が身近にはありません。