意匠

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秋の空の碧さに似合う尾の長い鳥の意匠

ひよっこ

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「ひよっこ」はドラマそのものも面白かったが主題歌もいいしその背景に流れる画像も秀逸だった。昭和の匂いがするモノと手作りのミニチュアを新しい技術を駆使して懐かしい小編にまとめあげている。生活をするたくさんの人々がひとりひとり描かれているのはドラマそのものと同じだ。犬も駆けているし鳥も飛んでいてその影まで描きこまれている。田中達也の見立てのなかでは畳の田圃がドラマの主題にぴったりだ。「ドラマでもあり得ない」演出もユーモラス。あと8回で終わってしまうのは寂しいが「時子さん」にはまた別の役で会えるらしい。

ミニチュア

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ミニチュアはどうやって間違えたのか元の英語はminiature。細かい模型はそれだけでも魅力的だが縮尺の異なるモノと並置することで思わぬドラマが生まれる。その効果にユーモアをブレンドして楽しい作品を作っている田中達也展に足を運ぶ気になったのは時子さんのおかげだ。SNSで評判が伝播し会場のデパートは日毎に入場者が増え会期末には長蛇の列ができていた。写真OKなのはうれしいが細かすぎて思うようには写らない。背景の犬は写真で手前に1/100くらいのアラビア装束の人とラクダがいる。スフィンクスという見立ては面白い。

上五島

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小値賀ぶらぶら 7。長崎港から小値賀に向かうと上五島の中通島を経由することになる。小値賀島の14倍168 km²もあるからレンタカーで回った。29もある教会巡りにはまるとやっかいなので鉄川与助によるものに絞ることにした。隆起によってできた山がちの島は海岸線が深く入り組んでいて小さな漁村が点在している。青く澄んだ海に縁どられた地形が造り出す景観は美しい。ここのところ何年も運転したことのなかった車は面白かったが、不思議な飛び方をする鳥が目の前に現れてもカメラに収める術はないし、小さな生き物や草花は見落としがちになってしまう。箱の中から眺めながら素通りするよりも足で歩き五感を総動員して感じる方がおもしろいなと思った。島の北端は細長い岬のような形になっていてその根元のところにあるホテルに泊まった。2012年竣工の瀟洒な建物は南北に走る稜線に沿って建ち西も東も海に面している。内装も白を基調に装飾を控えた設計で悪くない。若いカップルにはたいへん魅力的なリゾートであることはよく分かる。新上五島町と全国展開企業との共同事業だそうで、星野リゾートやAMANとは事業の体質が同一ではないのかもしれないが、地域密着度合いは「おぢかアイランドツーリズム」よりずっと薄い。感動的な夕日も体験して素晴らしい時間を過ごしていながらこういうことを言うのもいかがかなとは思うが、体験するひととしても地域の将来のことも考えて判断していかなくてはいけないのではないかと思う。事業するひとも運営するひとも同じことだ。世界中どこでも同じ価値観・流儀で対処しようとする資本の論理にとっては地域性は商売のためのスタイルの一つでしかない。fbのmichio kinoshitaアカウントにほかの写真を数枚アップしています。

杏仁糕

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アーモンド味の落雁風。東横線渋谷駅で5階分の階段を登るのは不愉快ではあるのだがからだには悪ないようだ。JRで座れることは稀だがメトロは悪くても渋谷からは座れる。からだには明らかに優しいのだがエネルギー消費は当然少ない。

豆花生糖

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ピーナッツ菓子の箱に味があるがよく見ると1942東亞旅行社台灣支部発行とある。久しぶりの新宿駅から歩きは秋の爽やかさだったせいもあって快適だった。天候によってルートを変えることにしよう。渋谷から先の定期券を買っていないのは正解だな。

野崎島

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小値賀ぶらぶら 6。「古民家ステイ」で寛ぎ過ぎたせいか往きの乗船が大慌てになってしまった。宿から歩5分のところにある桟橋に走り着いた時には船が僅かにだが離れていたのだ。駆けている途中に町の人に「乗っていきなさい」と声をかけられて逡巡した私はさらに遅れて、再接岸してくれた船に息せき切って文字どおり飛び乗った。小値賀は17の島からなっていて、うち11が今は無人島。そのうちの1つ野崎島へは1日2便の町営船で渡る。7時25分発で往き、15時10分発で帰るしかない。7時間の滞在で闇雲に歩き回るには島は大きい(7.36 km²)のでガイドツアーに参加した。野崎島には「閉校になった学校」を改修した「自然学塾村」があって簡易宿泊ができるほか島に関する情報を提供している。この町営施設は平日はここに泊まっている小値賀島出身のガイドさんと通いの若者の2人で運営されている。若者が地元出身ではないのをもどかしそうにしていた地元のガイドさんからじっくり話が聞けてよかった。一連の「小値賀ぶらぶら」に書いていることの多くはここでの学習が元になっている。隆起による2つの険しい山に海底火山による玄武岩の土壌が合わさっている。北部にある「沖ノ神島神社」は五島列島で最初の神社で古くから神官が島に住み着いた神々しい島だったようだ。そういった背景があって小値賀島とは異なりキリシタンが隠れ暮らすことができたのだろう。明治も終わるころ禁教が解かれて鉄川与助により建てられた野首教会は1971年には信者が不在となり、町による修復を経て現在は「おぢかアイランドツーリズム」が管理している。天敵のイノシシは人が適宜退治をして、野生のキュウシュウジカが芝の上を走り回る環境が整いつつある。港近くの野首集落では住まい手を失った家屋が朽ち廃れさみしい情景になってしまっている。日常の暮らしがなくなってしまった野崎島は、小値賀島とは違って観光地として未来を模索していくことになる。fbのmichio kinoshitaアカウントにほかの写真を数枚アップしています。

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木下道郎 ・ 建築家
詳しくはworkshop-kino.com

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